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菩薩のように生きなさい

 

 

あぁ、扉が 開き続ける。

 

夢見とヘブライ語のチャンティング、
ヨーガとサンスクリット語のマントラ、

 

私の先生に助けられて

私の夢見が 私を導き続ける。

 

絶え間なく 求めてやまない そこ へ。

 

そこ、が ここ であることも

きっと 本当は知っている。

 

 

この歩みそのものと

出逢えた人たち

これまでも

これからも

今生逢わなくても 繋がっている  すべての意識たち

 

いま、ここで 触れられる すべての記憶と意識。

愛の記憶。

一(いち)なる すべての。

 

 

振り返れば

あらゆる出来事が ここに続いていた

愛からやって来て 愛に 還っていく

 

 

瞑想中 観音が現れたと思えば

流れていたのは 観音に捧げた曲たち

 

信じられないほどの深い母性を感じれば
流れていたのは 多羅菩薩のマントラ

 

元型としての胎児を思い出し

普遍の母性が よみがえり

いつの間にか 忘れかけていた 果てしない無限の愛を
再び胸に思い出す。

 

 

アルツハイマーが進み とうに私を忘れた父、

あんなにも気性荒く
家族を混乱させてきた数十年を経て
仏さまのように 微笑むのみの人になった。

 

怒り、悲しみ、寂しさと苦悶の末に
たぶん 初めて
「生きる」 ことを 真剣に想い始め
自分の足で立ち始めている母。

 

美しく成長し、
いま、まさに巣立とうとしている
この子宮から生まれてきてくれた
私の命さえ差し出せる
かけがえのない、愛して止まない娘と息子。

 

23年を経て、
再び 2人の暮らしに戻るけれど
それは 螺旋を上昇した
互いの新しい在り方を創造しあった夫

 

 

誰もが 美しい。

ユニークで かけがえのない。

同時に 誰もが 自分の一部であり

私もまた 世界の一部。

 

あなたは 私で 、私はあなた。

そして、

あなたはあなたで、私は私。

 

私は意識であるし、

同時に 私は この身体で ここに居る。

 

泣き、笑い、ここに居る。

 

 

 

何年も前  それが何かも知らない頃
不意に 耳元に やってきた声

 

「菩薩のように生きなさい」

 

昨日、偶然にも

多羅菩薩のマントラを聴きました。

久しぶりに。

 

 

私は 夢見に問いかける。

 

迎えに来てくださったのですか、共に はたらけるように。

菩薩のように生きさせてもらえるのですか

 

 

去年、

キャサリンが 私に 言った言葉が胸の奥で 響いています。

もう、二度と聞くことは無いだろうな。

たった1回きりの、本当の教え。

 

そして、

少し前 やって来た声、

 

「自らの内側に出逢える者は 幸福である。
真実は 内面のみにあるのだから。」

 

 

一体 この感謝を

誰に このありがとうを言えばいいんだろう

 

ありがとうを おくります。

 

 

#ありがとう #菩薩のように #父と母と子どもたちと夫と #出逢えたみんなとすべての人と